そんな可愛い名前のくせに

 

「神はあなたの味方です」

突然客に言われた。受付で領収書を書いていた時だった。私は普段客と目を合わせないようにしているが、その時は思わず顔を上げてしまった。客はマスク越しにもニコニコしているのが分かるくらい笑っていたが、特に何の印象にも残らない顔をしていた。何と返せばいいのか全く分からず、ハァありがとうございます、とだけ言った。特に気分を害することもなかったように、爽やかな笑顔を残して、客は去った。何故か、無性に馬鹿にされたような気分になった。不愉快さと少しの好奇心を抱いて、私は書類を片付けていく。ハンコってなんなんだろうな。なんの権限があるんだよこんなインクの塊に。
ていうかどういう意味なんだ。なぜ今言ってきた。そんなに誰にも味方がいない顔を私はしていただろうか。ブルーカラーの宣教師よ。私は考える。神は私の味方だろうか。私の味方は神だろうか。神。いるのか。私に。


世の中はおかしくなっているが、私は変わらず朝起きて半眠りで電車に乗り仕事をしている。売り上げも変わらない。上司には緊急事態宣言が出されても、勤務形態は何も変わらないと言われた。ハアそうすか、と答えた。この会社には何も期待できないと気付いていたし、インフラに近い分野ではある…っちゃある…し、リモートワークが出来るような仕事でもないので、そんなもんだろうなと思う。私の健康もそんなもんの価値なんだろうなと思う。やっぱりマスクはない。自尊心を滅多刺しにして、ネットで150枚8000円で買ってみたがいつ届くのか分からない。
トイレットペーパーは手に入るようになってよかった。自由にウンコする権利がなかったら人間ではない。幸運なことに私はまだ人間でいれてる。神もそう思うっしょ。

 

ネットカフェ難民についてのドキュメンタリーを昔見たことがある。母と娘二人の三人が別々の個室で暮らしていた。高校生の娘がコンビニでアルバイトをして日銭を稼いでいる。彼女たちには移動する金もない。一日を耐える分しかない。何かを変えられる分は何もない。日々が過ぎていくのをただ待つしかない。彼女たちは今どうしているのだろう。


私は、毎日電車に乗って、今やる意味もわからない仕事をして、よく分からない人にまみれて家に帰って、どうにか日々を埋めなきゃいけないと思うんだけど、何をすればいいのか途方に暮れて、毎日が終わっている。

 

こんなにも目まぐるしく世の中が変わっていくのを、10年も経たずに2回も経験するなんて、本当に思わなかった。


いつも社会は、なんだか得体の知れない大きくて怖いもののように振る舞っているくせに、こんな時には信じられないくらい脆弱で、惨めな顔をして、ブルブル震えやがって。なんなんだよ。気持ち悪いよ。

 

わたしには家がある。ご飯が食べられる。ちゃんと仕事がある。それでも不満がある。それなのに悲しみがある。どこまでわたしに権利があるのか分からなくなる。
変な長い白昼夢を見ているように思える。だってこの前まで旅行に行って、温泉に行って、ライブに行って、外でご飯を食べて、コンビニで酒を買って、友達と飲みながら、おうちに帰っていたのに。予定は全部なくなった。ほんとうに全部白紙になってビックリした。しかもこのタイミングでボイラーが壊れたから追い焚きができなくなった。風呂はどんどん冷めていってる。はやく出て寝なきゃいけないのになにも気が起きない。

 

なんでこうなっちゃったんだろうって、意味のないことばかり考えてる。お前のせいだ、とニュースを見て思う。テメーのせいだろ。オメーらが全部悪いよ。SNSでバズりやがる極端な意見に、無責任なコメンテーターの言葉に、布マスク二枚に、責任を押し付ける。そうじゃないと苦しい。ずっと不安なのに、みんなも不安だから怖い。誰もこの先は知らない。神は知ってるんだろうか。そんでどう思ってんのよ。

どこまでも受け身な私は、これからも何かに誰かに責任を押しつけて、死ぬ時にホ〜〜〜ラ見ろ!お前らのせいで死んじゃうよ!!お前らのせいで!!!!!と叫んで死ぬ気がする。きっとそうなってしまうと思う。手に取るようにわかる。何を変えればいいんだろう。状況は変わる。報道は続く。どんどん、みんなの生活が見えなくなってく。なんで働いちゃうの。なんで並んじゃうの。なんで集まっちゃうの。なんで死んじゃうの。
マジで死なないで、みんな。
マジで嫌だよ。

 

私はこの国に蔓延る自己責任論が非常に嫌いだが、それとは別に、誰も私の人生の責任を取らないのは事実で、どこまでも私が私に付き合ってあげなきゃいけないんだから、投げやりにならないで、大事にしなきゃいけない。という理性はある。
あるにはあるのがまだ救いだ。
つーかそこらへん神的にはどう思うワケ?
腹を割って話そうや。せやろ?やんな?な?

 

神は味方です。
そうならありがたいね。実際神はいるのか知らんが、いたらいたでいいし、いないならいないでしょーがないね。
結局私しか最後まで私に付き合えないと知っている。とりあえずは私が私の味方でいるのが、多分一番いい。
大事に生きるしかない。
ひとまず死なないで。

 

p.s.
何も考えたくないと、瞬間最大風速がデカイものが見たくなる。だからマジでアイクぬわらのタクシー呼ぶ動画ばっか見てる。
風速しかない。マジで後に何も残らない。
アイクぬわらは風。 一陣の……wind.