終わりに

 


ニキビができる前に、肌の下が不気味に蠢く瞬間を知ってる。雨の日のエスカレーターで転ぶ手前で、これ終わったな、と悟ったことがある。今日調子悪い気がするなと思ったらブレーカーが落ちる。

良い予兆は感じ取れたことがないのは何故だろう。

 


最近は、なんだか一日の振り幅が大きくて、疲れることがたくさんある。別に劇的な何かなんて起こらなくても、私の精神はすぐに疲労するので、コスパがいいのかなんなのか分からない。感受性が高いというのは聞こえがいいけど、単に弱メンタルなだけだ。

人間は好きなんだけど、他人に興味がないことに、毎日毎日劣等感を抱いている。

他人に興味ないくせに、承認欲求がすごくて、自分にビックリする。でもそれって滅茶苦茶ダセーな!とも思ってるから、頑張って隠して、だけど私は右手の爪を噛みちぎって暮らしてる。

理由もなく人に触りたい。それを許してくれる人を作ることができない。誰が悪い。

私か。私だ。私だなあ。

 


大人になるってことが、出来ないことが増えていくことだなんて思いもしなかった。

未来が先細って死んでいくのをこれからも見て行くんだろうか。

 


道ゆく家族が羨ましい。

ツタヤで見るスウェットのカップルも。家の前で屯っている若い男女も。この人たちは存在を許し合ってるんだろうな、と勝手に想像しては死ぬほど羨ましがっている。そんなわけないのに。いや、あるのかな。あるんですか。みなさんには。自分以外の個体が自分を許してくれていると実感することあるんですかね。へえ。そうすか。いいですね。

意思がなくて、だけど、私を許してくれる、あったかい生き物がいればいいのにと思う。

意思がなくて、だけど、私を許してくれる、あったかい生き物なんていないと知っている。

 


一日がジェットコースターみたいな日、精神が底に付いてしまった時は最後まで考える。最後までというのは、私が今ここで死んだ時に周りがどうするのかという所まで考えるということだ。

仕事場で死んだら周りはトラウマになるかな。警察って来るのかな。なんて説明するんだろう。上司の心労やばそう。あ、墓どうしよ。墓参りめんどくさいし、親に墓買わせるのも違うな。でもたけーよ、墓。死んでるのによ。つーか墓、いるかな。いらないよね。でも、海に撒かれたくないな。寒いし。死んでるけど。大体、死んだらどうなるのかな。あ、自分のお葬式、超見たいな。みんなが私のことだけを考えてくれる瞬間が、見たいなあ。死んだ時くらい私のことを考えてくれるだろうか。ちゃんと悲しんでくれるんだろうか。

そうやって一人でドキドキして、結局気まずくなって、最悪だ私は、と思ってすごすごと仕事に戻る。

 

 

 

別に希死念慮はない。リセット願望もない。全てが終わるスイッチがあっても押せない。そんな勇気があるならとっくにどうにかなってる。

 

 

 

最近人と喋ることが億劫になっていってる。

やっと自覚したんだけど、私っておしゃべりがすごく下手だ。思ってることを言葉にするのは難しくて、いつも参っている。

言葉にした瞬間にこぼれ落ちていくものが多すぎて、100%で喋れないくせにコイツに20%も伝わらないだろうな、とさっさと諦めてしまう。そうすると部屋の中で一人で喋ってしまう。でも聞いてるのは私だけだから、気楽だ。やっぱり私を分かってあげられるのは私だけなのだろうか。みんなもそうならいいな。そんなわけないんだろ嘘つき野郎どもクソがよふざけんなよ。

みたいに頭の中がやたらうるさい日は、一日寝て黙らせることもある。寝るのは便利だ。簡単だし楽しいし、適度に疲れるし、時間も使えるし、お金もかからない。

何より、寝すぎると、頭がぼんやりして、我に返らなくて済むから、いいのだ。

 

 

 

やたらと寒い。雨も降ってる。そういえばすっかり暗くなるのが早くなってしまった。

冬は好きだけど、電車の窓に自分の姿が映るのは嫌いだ。マジか?と思って瞬きをすると、窓の向こうの女もびっくりしたように瞬きをしてきて、げんなりする。すぐにWi-Fiを繋いで手元の端末で別の世界に逃げる。スマホの画面は真っ暗にしないように気をつける。

 


自虐を言うのはやめるようにしてる。周りを共犯にするのは気分が悪いと思ったからだ。

だけど、この一歩を踏み出したら絶対に滑って大怪我するけど皆なんとなく笑って場が収まるな、という時が、まだまだ世の中にはたくさんあって、そんな時は、必ず私が怪我をする方を選んでしまう。全然楽しくないのに。みんなも楽しくないくせに。

自分の顔がブスで気持ち悪くなった時に、え!ブスで気持ち悪いんですけど!と言えずに、布団の中にくるまって気味の悪い声で呻き続けるのは結局健康的なのか分からない時もあって、難しい。

 

 

 

最近オアシスばっかり聴いてる。

ドキュメンタリーを見たから、初期の二枚ばっかり。

わけのわからないことばっかり歌ってるけど、歌詞に全然意味はないけど、死にたいって歌わないのが好きだなあと思った。

リアムはロックスターだ。唯一無二の声だ。ノエルのギターリフは馬鹿みたいに頭に残る。この一瞬のきらめきに触れたくて、世界中で何万人がギターを持って歌ったんだろう、と思うと胸が熱くなる。魔法みたいだと思う。

そういえば、昔は、もっと音楽が魔法だった。私を守ってくれたし一緒に戦ってくれた。鎧で武器で薬だった。必要不可欠だった。

初めて行ったライブは心底覚えている。脳味噌の奥が痺れた。音圧に吹っ飛ばされて、人の歓声がお腹に響いて、ギターのペグに反射した照明が私の目を刺した時に、何もかも変わったような気がした。私も何かになれる気がした。気がしただけだった。

 


ならば盛大な勘違いをしたままでいたかった。私も自分を過信してみたかったのに、馬鹿なワナビーになることも出来ずに終わった。変な自意識が常に私を殺している。

 


今、私の魔法は何のためにあるんだろうと考えてしまう。

通勤電車で狂ったようにドラマや映画を見て、乗り換えで歩く時はラジオに切り替えて、そうやって満員電車をやり過ごして、毎日毎日毎日毎日音楽を聴いてラジオ聴いてアニメ見て本読んで配信見てテレビ見て漫画読んで一息ついた時に急に波が来てウワッて泣いた。好きなものが全部シェルターになってると気付いてしまった。

好きだったコンテンツが、全部私が嫌なものから逃れるために存在してるのか、と思ったら罪悪感でいっぱいになった。

一歩踏み出すためにあるべきなのに、ただ一瞬を我慢するためのものになってる。延命に使ってる。私の好きなものたち。このために生きているんだって思ってたのに。思えてたのに。

 


それでも生活をしなくてはならないのは何故だろう。

 

 

 

この前友達の家に遊びに行った。借りたトイレの隅っこ、ほろ酔いの缶の中に吸い殻がみっちりと入っていて、生活の塊だ、と思った。散らばった灰を掃除機で吸ってやった。

吸い込まれていく灰を見ながら、この人は便器に腰掛けて白い四隅を見て何を考えながらこんなに吸ったんだろう、と思った。

誰かが煙草を吸う理由を「深呼吸出来るから」と言っていた。少し分かる気がする。

別の友達は「だってかっこいいじゃん」と言い切っていて、ちょっと笑った。それくらい馬鹿っぽくてもいいな、と思う。

ちゃんとした理由がないといけないことなんて、この世に何一つない。

と私は思いたい。じゃないと、とても、難しい、生きていくのは。わたしには。

何が言いたくて煙草の話をしたのかというと、別に何も言いたくない。

強いて言えば私は吸わない。匂いが染みる。

 

 

 

今年はやたら焦っていた。

焦って人にたくさん会ってみた。何故だか知らないが、我に返る前に死ななくてはならない!と思っていた。でもふと、わたしはいつか来る時のために、今生きてるわけじゃないんだよな、と気付いた。もう師走だっつの。

疲れた。これからどうしたらいいのか考えたい。けど時間がない。ねむい。本当はね、考えたくないんだ、自分のことなんて。どう生きようが死のうがどうでもいいじゃん。好きな奴がいて、たのしく過ごせたらさあ。あのさ、本当は誰かに許してもらう必要なんてなくて、私が私をゆるせばいいだけの話なんだ。でも、それがちっとも上手くいかないから、こんなに途方に暮れてんだよなあ。

 


来年はもう少し、ちゃんと、生活を送りたい。生活が好きだ。いや、嫌いなんだけど、やってみたことないから、やってみたい。多分、人だって好きだよ。もうマジで嫌いだけど。本当はあなたのことが好きだよ。

矛盾を愛す以外に自分を肯定する道がない。

 

 

 

やっぱもう頬にニキビができた。

潰さないでいる自信がない。