日曜日

先輩夫婦と会った。

どちらも大学のサークルの先輩で、遠距離結婚をしている。ゴールデンウィークで妻の方が東京に来ていて、彼女の新幹線までの時間、お茶に誘われたのだった。

連休最終日、渋谷の椿屋珈琲は空いていた。値段設定が高いからかもしれない。私たちは遅い昼食を取ることにした。彼のホットコーヒーはアイスでやって来て、彼女のみかんジュースはアイスティーになっていて、私が食後に頼んだミルクティーも食前にやって来て、全てが間違っていたが、私たちは特に気にしなかった。

私は彼らが好きだった。彼らが在学中、サークルで付き合ったと知った時は、そうか、と思った。初デートの際、彼女は食事中に寝たそうだ。眠かったらしい。彼の方は、フーンおもしれー女、と思ったらしい。とても二人らしいエピソードだと思う。その二人が付き合うのは納得も出来たし、少し寂しくもあった。彼らは一次会で二人で帰るようになってしまったからだった。

不思議な二人だった。優しいわけではなく、冷たいわけでもなく、適度にドライで、適当で、愉快だった。しょっちゅう遊ぶほどの仲ではなかったが、私は彼らを面白いと思い、彼らも私を面白いと思っていた。

二人とも私への興味がそれほどあるわけでもなく、私も彼らの私生活に興味があるわけではなく、しかし話した。彼女が結婚を選んだのが意外だったので、理由を聞いた。彼の方が海外赴任になる可能性が高く、着いていくために結婚したのだという。ところが保留になったので、まだ実家で親が作った食事を食べてるイエーイ最高、とのこと。

「結婚しないとついていけないの?」と聞くと「難しいんじゃない?遠距離のカップルって、結構転勤が決め手になるらしいよ」と返ってきた。そうなのか。分からないことが多い。

「でも結婚してる自分の他に、結婚してない自分も欲しい」と彼女は言っていた。

「別に何も変わらない。遠距離だし。仕事も旧姓を使っている。今の婚姻制度にずっと不満はある。同性婚を認めない理由もわからない。そんなことしてたら、いつか私たちに返ってくるよ、と思っちゃう。あのさ、何かになりたいって思う?」

思う、と私は答えた。

「だよね。結婚しても、何者かになりたい願望は消えない。私は消えないだろうな、と思っていたけど、やっぱりそうだった。人生って難しい。てか五月って最悪。入った瞬間に憂鬱になる。あとこの人、雨だから行かないって朝からごねてた」

「いや会いに来いよ!!」私は彼に怒った。

「ダルい」と彼は言った。

彼女は「だから、あれなんか今日肌綺麗だね、眉毛もいいねって褒め続けて、誤魔化して連れてきた。褒められると伸びるタイプだから」と得意げにしていた。

私の話をしたら、「大学の時からなんか生きづらそうだなって思ってた」と彼女はハッキリ言ってきたので、私はそうだよねー、と答えた。「でも明るいじゃん。暗いと思ったことない」と彼の方は言ってくれた。そうかも、とも思う。私は明るい部分もある。そういう性質もあると最近感じる。そして彼がそう思うのは、私があなたの前では明るく振る舞いたいと思っていたからである。ならば成功していたということで、とても喜ばしいことだ。


二人は、興味のないことに興味のあるふりはしない。違うと思ったことは違うといったり、流したりする。それが似ている、と言うと「えー」と彼が嫌がっていた。今月は三つも記念日があって面倒だから一日で済ませたイエーイラッキー。と二人ともが言っていた。そういうとこ似てるじゃん、と思うけど。いいね、と思うけど。

「まだこの人と一緒に住んだことないけど、あと800年も一緒にいなきゃいけないの気が狂いそう」

「なんで神くらい生きる気でいるの?」一応彼女に突っ込むけど、「それくらい長く感じる」と普通に返される。会話が適当で、楽。


思ったことはどっちもちゃんと言いそう、と話を振ると、彼の方が彼女に不満を訴えた。

「出したらお茶しまって。腐るから。それだけ。あとは全部諦めた」

「また飲もうと思ってるんだよ。たまに忘れるだけ」

「飲んでないじゃん」

「君の見てないところで飲んでる」

いいね、と思った。なんか、分かんないけど、この二人好きだな、と思った。


彼女の新幹線の時間になって、彼らは東京駅に向かうことになった。有給取ってるなら帰るの明日にすればいいじゃん、と私は言ってみたけど、「無理。実家の布団で寝たいから」とものすごくよく分かる理由が返ってきた。私は帰ることにした。

雨の渋谷は淀んで、臭くて、終わっていて、私は電車に揺られながら「二人のこと好きだ。今度二人の話聞きながら寝たい」と彼女にラインを送った。「やろ!」とだけ返信が来た。そのまま既読スルーした。笑った。どうやってやるんだろう。そもそもどういう状況なんだ。別にやらなくてもいい。やろ!と言ってくれたことが嬉しくて、そこで満足する。