きこえた

電車で、まず下着が気になった。ブラジャーの、カップの、下の部分が、急に胸と噛み合わなくなったように感じて、気持ち悪くなった。ゴソゴソと動いていたら、隣の女の人が少しみじろぎした。降りて、各駅に乗り換えようかと思ったけど、人身事故でダイヤが乱れていて、少しでも早く帰りたかった。じっと前の人の、靴を見ていた。靴紐が変なふうにねじれていて、気持ち悪くなった。首周りが急に気になってきて、急いでマフラーを脱いで、シャツのボタンを外した。コートも脱ぎたかったけど、人が多くて、動けなかった。背もたれに触れているのが気持ち悪くなって、前屈みになる。タイツが、気になる。立ち上がって、喚きたくなって、それでも我慢していたら、苦しくなって、涙が出てくる。涙が出ると、鼻水が出てきて、マスクの中で、もっと息苦しくなって、次で降りようかと思うけど、次で降りたら電車が来ない。どこかで泊まろうかと思うけど、お金がない。お金がないのだ。わたしはおかねがなくて、だから、合っている下着も買えなくて、うそだ、下着が変えないのは、自分の体のことを考えるのが本当に嫌だからで、スマートフォンを見て気を紛らわそうとしても、画面見てるのが気持ち悪くなって、ケースに挟んだステッカーの、漫画のキャラクターを、ずっと指でなぞって、たすけて、と思った。助けてと思った。ずっと。あたまがおかしくなっているのがわかって、最寄りまでの、二十分、本当に、気持ちが悪くなった。座席に触れている、体の全てに違和感があって、こもった空気と、マスクが、私をもっとおかしくさせた。とても生きていけないと思った。最寄りについて、ふらふらと改札を出て、寒い夜の、日付が変わった住宅街を、歩き抜けて、早く家に帰りたいと、早く家に帰りたいと、言いながら、歩いた。とても生きていけないと思った。とても生きていけないと誰かに言いたかったけど、誰に言ったところで、と思ったので、ツイッターを開いて、とても生きていけないと、打とうとして、それでも、つながっている数少ないともだちに、心配をかけるのは、嫌だと思って、道の途中で、立ち止まった。助けてと思った。するとうしろから名前を呼ばれた。自転車に乗った友人だった。「どうしたの?」と彼女は言った。私は彼女の名前を呼んで、抱きついた。「今帰りなんだ。なにしてたの?」彼女は自転車を降りて、偏頭痛で午前は散々だった、と教えてくれた。私は、顔を見られない夜でよかったな、と思った。彼女と、他愛もない話をしながら、歩いて帰った。神様はいるかもしれないと思った。帰って、一日寝た。