顎が痛い。
顎、と、歯。寝てる時に歯ぎしりをしてるんだ。ストレスがあると、すぐ歯ぎしりしてしまう。理由は分かっている。
SNSの速さに耐えられなくなってきた。煽られるネット世論にも、関係なく怒っていたい人々にも、消費されるコンテンツにも、どう考えても国に馬鹿にされていることも、それら全部に対しての市民の声が可視化されていることにも、疲れた。
自分の感情や意見が埋もれてしまう。誰かの気持ちにただ乗りしたくない。私の気持ちは私だけのもので、誰かに貸すことはできないのに。というのを最近考えている。
『ルックバック』が傑作だった。
私は藤本タツキが好きだから、ファンの欲目があるのかもしれないけど、それにしても素晴らしかった。藤本タツキはSNS社会に適合した作家だ。己を出しすぎない。妹というアバターを被り、わたしたちとつながることもなく、そこにいる。考察を盛り上げるような作風もSNS向きだ。思えば、Twitterで公開されたファイアパンチ１話も随分バズっていたし、妹の姉も賛否両論巻き起こし、チェンソーマンもジャンプの発売日の月曜日には常にトレンドに入っていた。全部バズっていた。今の社会に合ってるんだろう。
にしたって、ルックバックの消費の速さは異常だった。あらゆる考察と、批評と、感想と、それに付随するエトセトラが一瞬で形成された。テレビでもラジオでもすぐに紹介された。引用元はすぐに明かされた。現象といってもいいかもしれない。ものすごく嫌だった。
この作品に対する自分の感情は、誰にも渡すことができない。
私は生身の人間よりもフィクションに助けられてきた。物語が私を救い、虚構が私を慰めた。フィクションは、人を生かして、時には殺して、希望も絶望も与えて、勇気も挫折もくれて、悪いことも嫌なこともいいことも、そこには全部ある。私にとっては、どんな時でも必要だった。
そういうことをただ思った。
とても覚悟のいる作品だったと思う。今書かなければいけなかったんだと思う。それを受け取れたと思う。自己満足だとはわかっているけど、対話ができたと思った。私の物語だと思った。フィクションの物語が、私に、本当の感情として集約されていくのが分かった。救われたと、思った。
議論される余地はあるだろう。されるべきだ。
実際の事件を彷彿とさせる描写も、公開日も、アオリも、犯人の造形も、編集部の立ち位置も。漫画のうまさで誤魔化されているが、無邪気すぎる？ エモーショナルに振り切ることへの危険？ 事件をエモ消費するな？当事者が見てどう思う？
大学講義で、いつ日本は3.11をエンタメとして描けるか、というものがあった。9.11はすぐにエンターテイメントとして映画になった。日本はどうだろう、というものだった。どう帰結したのかは忘れてしまった。あまちゃんもあったし、君の名は。もあった。Fukusima50なんてのもあったな。見てないけど。10年がたったけれど、どう描くのかはみんな試行錯誤している最中だとおもう。時が苦しみを癒すかどうかわからない。だけど避けては通れないから、描くしかない。コロナ禍だってそうだろう。
ワンハリや君の名は。は、フィクションで現実をなかったことにした。それはそれでいいし、ワンハリなんて大好きなんだけど。それでもあり続けるしかないんだよというルックバックの方が、私は誠実だと思った。それだけ。
ルックバックが生み出した、膨れ上がっていく社会現象は、非常に私によくない影響を与えた。賛否全てが鬱陶しく思った。私の気持ちがどこかにかき消されそうになったので、SNSを閉じて、何日かは生活することだけに専念した。一人暮らしはやることが多くて助かった。帰ってご飯を作って洗濯して掃除して風呂に入って寝れば一日が終わって、それは私を整わせた。
それから、タイムラインを薄目で眺めた。人の感情が渦を巻いていた。黒く濁っていたり、キラキラしてたりした。
私の感情は、私の人生の経験からなるもので、誰も届かないものだということを忘れちゃだめだ、と思った。それをインスタントに消費しちゃだめだ、と思った。
ＳＮＳの速さ。仕方ないんだけど辛い。ともかく無数の燃料が日々上がってくる。特にこの時期の、この国だから。オリンピック関連のげんなりするようなことは、もうここには書かないけど、私に夜毎歯ぎしりさせるには十分だった。全てが。
好きなものと折り合いをつけなくちゃいけない日々がいつか来るのかもしれない。だけど私のこの感情が、嘘なんかじゃなくて、それに救われたことがあったことは、忘れちゃだめだとおもう。反省はしても、好きだった自分を嫌いになってはいけないと思う。だって嘘じゃなった。本当の気持ちだったよ。いつだって。
米を炊こうね。炊飯器をもらったから。嬉しいなあ。アボカドも食べないといけない。じゅくじゅくになってしまうから。サーモンをめんつゆとごま油でつけたいな。外に行くのめんどくさいから家で冷えてようかな。今日は映画を見に行くんだ。私だけの気持ちを持って、私だけの感想を抱いて、それから、大事にしようかな。
